『魔道祖師』における異母兄弟 ―聶懐桑と金光瑶の二項対立的人物論―

 今年3月から日本でTV放送が開始された中国のブロマンスドラマ『陳情令』。古代中国の神仙思想が背景となるファンタジー時代劇で、登場するのは跋扈する死霊や邪鬼を退治する仙術者たち。彼らが世俗の陰謀に翻弄されながら怪事件の真相を解き明かしていくという、武侠ドラマとしては王道的なストーリーです。
 本作は中国の人気作家、墨香銅臭氏によるBL小説『魔道祖師』が原作原案となっており、中国本国ではアニメ、ラジオドラマ等のメディアミックス作品も多く展開されている人気コンテンツです。嬉しいことに、日本でも9月よりWOWOWにて『魔道祖師』日本語字幕版アニメの放送が発表され、さらに8月より同じくWOWOWにて、実写ドラマ『陳情令』がリピート放送される旨も告知がありました。
 これを綴っている筆者は3月からの放送でドラマ『陳情令』を視聴し、またたく間に夢中になり、ドラマの放送とほぼ同時進行で中国語版の原作小説を読みました。原作小説とドラマ版では諸事情により設定の異なる部分が多く見受けられるのですが、ドラマ『陳情令』ではその差異のほとんどが上手く辻褄を合わせ処理されており、脚本演出の熱意と手腕には敬服のほかありません。が、一点だけ、必要な設定がドラマ版では描写されておらず、些細ながら重要であるはずのその設定についての覚書の意図と、あわよくば今後本格的に日本で展開されるであろう本コンテンツのタイトルだけでも、一人でも多くの方の目に触れればという出来心で筆者は筆を執っています。

 『魔道祖師』原作では、二組の「異母兄弟」が描かれています。一組目は、金光瑶/金子軒/莫玄羽の三人、二組目は、聶懐桑/聶明玦の二人。ドラマ『陳情令』では、聶氏の二人の兄弟が「異母兄弟」であるという設定が語られていなかったように思うのですが(見落としでしたらすみません)、この設定は金光瑶と聶懐桑/聶明玦の人物像を考える上で、かなり重要な、欠けてはならない設定であると筆者は思うのです。著者である墨香銅臭氏も、意図的にこの二組を「異母兄弟」として描いていることはほぼ間違いないでしょう。
 よって、本稿ではこの設定から読み取ることのできる二組の異母兄弟、特に金光瑶と聶懐桑の二項対立的人物論を展開していきます。なお以下の文章には、原作小説『魔道祖師』、ドラマ『陳情令』および、ドラマ番外WEB映画『乱魄 Fatal Journey』のネタバレを含みます。

1、兄明玦の「異母兄弟」として描かれる聶懐桑

 まずは、聶懐桑と聶明玦が異母兄弟である旨が記されている部分を原作本文から引用します。以下、中国語版小説本文と、筆者による日本語訳です。日本語訳はなるべく意訳はせず、直訳に近い形で違和感のないよう訳していますが、もし誤訳等ありましてもご容赦ください。

那名少年立刻蔫了。这位是清河聂氏的二公子聂怀桑,其兄长聂明玦作风雷厉风行,在百家之中素有威名。虽说兄弟二人非是一母所生,但感情甚笃,聂明玦教导小弟极其严格,对他功课尤为关心。是以聂怀桑虽敬重他大哥,却最害怕聂明玦提起他的课业。(第13章)
【その少年はすぐにしょんぼりとした。彼は清河聶氏の第二公子聶懐桑で、その兄である聶明玦は厳格かつ迅速な人物として、仙門百家の中でも威名がある。二人の兄弟は腹違いだが、その愛情は非常に深く、聶明玦は弟を極めて厳しく教育し、とりわけ勉学には熱心である。ゆえに、聶懐桑は兄を尊敬しているが、聶明玦が彼の勉学について言及することを最も恐れている。】

 聶懐桑と聶明玦、二人の兄弟が〈腹違いだ〉という設定は、上記の第13章で初めて言及されて以降、作中において一切触れられることはありません。異母兄弟ゆえに、二人の兄弟の関係がよい、悪いという話は一切展開されないのです。つまり、二人が異母兄弟であるという設定は兄弟、あるいは明玦、懐桑個人に付加された設定ではなく、作中で描かれる他の「異母兄弟」との対比のために付加されたと考えられます。そして他の「異母兄弟」とは、金光瑶/金子軒/莫玄羽の三人に他なりません。
 上記の引用部を見ると、聶懐桑の母親についての記述は一切なされていません。しかし物語時点において、聶懐桑は少なくとも聶氏に認められ、聶氏の姓をもらっていることが明らかです。聶明玦が家主を継いでいることを踏まえると兄明玦は清河聶氏前宗主の嫡子であり、聶懐桑は側室の子、あるいは婚外子であると考えられます。『魔道祖師』作品世界の婚姻制度がはっきりとはわからないため懐桑についてはあくまで推測にすぎず、どちらとも断定はできないのですが、聶明玦が嫡子であることは間違いないでしょう。
 そして兄弟間の〈愛情は非常に深〉いという記述。ふたりの異母兄弟の関係は、非常に良好であることがうかがえます。具体的にどう良好かというと、兄明玦は弟懐桑を非常に甘やかし、弟を害するものから守ることに心血を注いでいます。そして懐桑もまた、そんな兄に守られる立場に甘んじているのです。以下、原作本文の引用です。

 聂怀桑想了想,竟流露出羡艳向往之情,道:“其实魏兄说的很有意思。灵气要自己修炼,辛辛苦苦结金丹,像我这种天资差得仿佛娘胎里被狗啃过的,不知道要耗多少年。……(後略)”  (中略)若是世家子弟结丹年纪太晚,说出去都颜面无存,聂怀桑却半点也不觉羞愧。(第14章)
【聶懐桑はしばらく考え、その表情に羨望の色を浮かべて言った。「実際、魏兄の言ったことは面白い。霊気は自分で修練し、苦心して金丹を形成する必要があるけど、私みたいに資質が母の腹の中で犬に食われたように劣っていては、何年かかるかわからない。……(後略)」 (中略)金丹を形成する年齢が遅ければ、それは世家の子弟にとって不名誉なことであるが、聶懐桑は少しも恥じる様子がない。】

 当年魏无羡与聂怀桑同窗,对这人倒也能说上两句。聂怀桑为人心肠不坏,并非不聪明,但他无心向学,聪明都用在了别处,画扇捉鸟逃学摸鱼,于修炼一道确实天资奇差,硬生生比其他家族的同辈子弟晚八九年才勉强结丹。聂明玦生前时常恨铁不成钢,对他管教甚严,然而他依旧烂泥扶不上墙。(第21章)
【その当時、魏無羨は聶懐桑と同窓であったため、この人についていくつか言えることがある。聶懐桑は心根が悪いわけでなく、決して聡明でないわけではないが、彼は学問に関心がなく、彼の賢さは全て他の用途で発揮された。扇面を描き、鳥を捕まえ、勉強をさぼって怠けて、修練における資質は実際に悪く、金丹を形成するまでに他の世家の同年代の子弟たちより八、九年時間がかかった。聶明玦は生前、弟が熱心でないことを残念に思い厳しく教育したが、彼は相変わらずの様子であった。】

聂怀桑冲聂明玦吼道:“刀刀刀!妈的谁要练那破玩意儿?!我乐意当废物怎么着?!谁爱当家主谁当去!我不会就是不会不喜欢就是不喜欢!你勉强我有什么用?!”(第49章)
【聶懐桑は聶明玦に怒鳴った。「刀、刀ってうるさいな!誰があんなくだらない玩具を練習するって?!私が役立たずだからなんだっていうんだ?!家主にはなりたい人がなればいい!私はやらないと言ったらやらないし、嫌だと言ったら嫌なんだ!私を無理強いして何になる?!」】

 上記三つの引用からわかるように、聶懐桑は兄が家主を継ぎ、家と自分を守ってくれるのをよいことに、遊びたい放題、わがまま放題の様子です。この点については、ドラマ『陳情令』番外WEB映画『乱魄』においても詳細に描かれています(原作には相当するシーンやセリフが見当たらないため、あくまでドラマ『乱魄』オリジナルの追加描写であると思われます)。
 作中、兄明玦は弟に〈只要有大哥在一天,你想做什么我都会着护你〉【日本語訳:「この兄がいる限り、お前がこれから何をしようと俺が守ってやる」】と誓います。それも、作中で二度も誓うのです。一度目は、兄弟の幼少期。二度目は、懐桑に祭刀堂と刀霊の真実を告げた時。時系列としては魏嬰の死後、金光瑶が清心音に隠した邪曲の旋律で聶明玦を謀殺しようと企てていた時点です。さらに、原作小説では以下のような会話も展開されています。

金光瑶道:“大哥你近来对怀桑越逼越紧, 是不是刀灵……?”顿了顿,他道:“怀桑到现在还不知道刀灵的事么?”
聂明玦道:“为何要这么快告诉他。”
金光瑶叹了一口气, 道:“怀桑被宠惯了,可他没法一辈子做闲散清河二公子的。……(後略)”(第50章)
【金光瑶は言った。「大哥、あなたは最近、懐桑に対してますます厳しくなっています、これは刀霊の影響ですか……?」しばらくして、彼は「懐桑はまだ刀霊のことを知らないのですか?」と尋ねた。
聶明玦は言った。「なぜそんなに早く告げる必要がある?」
金光瑶はため息をついた。「懐桑は甘やかされることになれていますが、彼は生涯を清河の次男としてのんびり過ごすことはできません。……(後略)」】

 この引用部からわかるように聶明玦は、弟懐桑を厳しく教導する一方で、自分が守ってやりたいという心から弟に家の責任を負わせることをためらっています。つまり、聶懐桑は嫡子である兄に大切に守られ、甘やかされることで、家に対する責任とは無縁に生きてきたのです。
 これはあくまでも予想にすぎないのですが、彼らが異母兄弟ではなく聶懐桑も嫡出子であったなら、彼自身の責任感も、兄の接し方もいくらか違ったのかもしれません。作中で彼ら異母兄弟とは対照的に、同一の両親の間に生まれた兄弟として描かれているのは藍曦臣/藍忘機の兄弟ですが、弟である藍忘機は初め、藍氏の家規を忠実に守り、真剣に修練に取り組み、世家の危機にはすぐに駆けつけ、子弟たちの模範として兄や叔父、藍氏全体を支える人物として描かれています。後に魏無羨と出会うことで彼の在り方も変化するのですが、そもそも藍氏自体が子弟に普通ではない教育を行う一門であるため、聶懐桑と藍忘機を単純に比較することはできません。しかし、聶明玦/聶懐桑が「異母兄弟」であること、言い換えれば聶懐桑が嫡出子でないことは、彼の仙門世家に対する関心の希薄さ、また聶氏という己の世家全体に対する責任の欠落と決して無関係ではないと言えます。

2、私生児として描かれる金光瑶(孟瑶)

 一方で、金光瑶は聶懐桑とは異なり、婚外子であることが原作小説『魔道祖師』においても、実写ドラマ『陳情令』においても繰り返し描写されています。以下、原作本文からの引用です。

 金光瑶的母亲是云梦一所勾栏的名人,当年素有烟花才女的美名,据说弹得一手好琴,写得一手好字,知书达理,不是大家闺秀,胜似大家闺秀。当然,再胜似,说出去到了人家嘴里,娼妓还是娼妓。金光善偶经云梦,自然不能错过这位当时风头正劲的名妓了。他与孟女流连缱绻数日,留下信物一枚,心满意足,飘然离去。回去之后,当然也和以前无数次一样,把这个风流一度的女子抛之脑后了。(第48章)
【金光瑶の母親は雲夢のある妓楼で有名な人物で、当時才能ある妓女として名声があり、聞くところによると琴の音は美しく、字は達筆で、教養があり礼儀正しく、名家の娘ではないがそれに勝ると言われていた。とはいえ、どんなに勝っていたとしても、世間の人々に言わせれば妓女は所詮妓女に過ぎない。金光善が偶然雲夢を訪れた時、当時脚光を浴びていたこの妓女を見逃すことなど当然できなかった。彼は孟詩と離れ難く数日居座り、関係の証となる品を一つ残すと、すっかり満足し、ふらりと去っていった。当然、その後彼が戻ってくることはなく、以前無数の女性たちにそうしてきたように、この美しい女性は置き去りにされた。】

 娼妓之子,比不得良家之后,孟女独自为金光善产下一子,如莫二娘子一般,前等后等,心心念念盼着这位仙首回来接走自己和孩子,并悉心教导孟瑶,为他将来进阶仙门做准备。然而,儿子长到十几岁,父亲仍旧没有消息传来,孟女却已病危。临终之前,她给了儿子金光善当年留下来的信物,让他上金麟台去求个出路。于是,孟瑶打点好行囊,从云梦出发了。跋山涉水,抵达兰陵,到了金麟台下,孟瑶被挡在了门外,他便取出信物,请求通报。(第48章)
【娼妓の子は良家の子と比べることすら許されず、孟詩は一人で金光善の子を産み、莫家の次女にそうしたように、いつか金光善が自分と子供を迎えに来るのを心から待ちわびて、息子が将来、きっと仙門世家に受け入れられると信じて彼の教育に全力を傾けた。しかし息子が十代の時、まだ父の知らせはなかったが、孟詩の病は危険な状況であった。彼女は亡くなる前に、金光善が当時残した証拠の品を息子に渡して、金麟台へ行くように願った。そして、孟瑶は荷を整え、雲夢を発った。山を越え川を渡り、長い道のりを歩いて蘭陵に到着した孟瑶は、金麟台の下の門前で払われ、証拠の品を取り出してすぐに取次ぎを求めた。】

 金光瑶の母、孟詩は〈妓女〉です。金光瑶は母が亡くなるまで、母と共に夢雲の妓楼で暮らしていました。孟詩は、いつか息子が父に認められ、仙門世家で立派な立場を得られることを信じて彼の教育に心血を注ぎましたが、いくら待てども父の迎えはなく、死の直前に蘭陵へと孟瑶を送り出しました。孟詩の願いは孟瑶が金光善に認められ、蘭陵金氏で立場を得ることであり、孟瑶は母の最期の願いを叶えるため金麟台を訪れます。
 この後のことは『陳情令』を視聴済の方は既にご存知の通り、彼は訪れた金麟台の階段を、一番上から一番下まで蹴落とされ、追い返されます。その頃金麟台では、彼の異母兄弟であり、金光善の嫡子で金氏の後継者である金子軒の誕生日を祝う祝宴が催されていました。孟瑶は自身を守り育ててくれた母を失い、父には息子と認められず、帰るべき一門から追い出され、母の願いを叶えるどころか一人路頭に迷うこととなります。
 この時点で、聶懐桑と金光瑶、二人の「異母兄弟」の共通点と相違点が見えてくるはずです。二人は「家を継ぐべき嫡子」に対する「異母兄弟」という同様の出自で描かれているにもかかわらず、一方は世家に認められ、その姓を名乗り、異母兄弟に守られ甘やかされている。対してもう一方は、世家に認められず、階段を蹴落とされた挙句、「娼妓の子」と実の父や兄弟たちに嘲られているのです。

3、悪意と報復、正義と犠牲の在り処

 先の章で述べた通り、金麟台を訪れるも父に認められず追い返された孟瑶ですが、その後も母の願いを叶えることを諦めません。以下、原作本文の引用です。清河聶氏で聶明玦の副使という立場を得た孟瑶が、清河を訪れた藍曦臣と会話をしている場面を一部引用します。

蓝曦臣道:“不必如此拘谨。我记得你对我说过,希望在兰陵金氏能取得一席之地,获得父亲的认可。现在你已在明玦兄旗下有了立足之地和可供施展的天地,此望是否依旧?”
孟瑶似乎屏息凝神起来,半晌静默,答道:“……依旧。”(第48章)
【藍曦臣は言った。「そのように気を遣わなくていい。私はあなたが以前、蘭陵金氏で地位を獲得し、父親の承認を得たいと言っていたのを覚えている。今のあなたは既に明玦兄の元で足場を固め、世界に影響を与えるだけの立場を得ているが、この望みは変わらないのか?」
孟瑶は息をひそめ、しばらく沈黙し、「……変わりません」と答えた。】

 金麟台を追い返された後、聶氏の副使となり地位と名誉を得た孟瑶ですが、しかし彼は母親の願いを叶えることを決して諦めていません。先に結論を述べると、金光瑶の行動原理、その根底にあるのは、いつでも一貫して「母の願いを叶えること」です。金氏の後継者として育てられた金子軒の「異母兄弟」であり、世家の承認すら得られない彼には、守るべき世家もなく、母亡き今となっては家族もなく、彼にとって重要なのは亡くなった母の願いと、それを託された己の身ひとつなのです。ゆえに彼は、母の願いを叶える己を邪魔するものを排除し、己の身に向けらえた悪意に悪意で報復することを選びます。
 ここで一度、原作小説と実写ドラマそれぞれにおいて、金光瑶が害したものとそうでないものについて再確認したいと思います。というのも、ドラマ『陳情令』では悪事のすべては彼が意図的に行ったこととして処理されているのですが、原作では意図的でないとされるものもあり、そのためドラマでは彼の行動原理が多少明確ではなくなってしまっているのです。
 まずは、原作、実写ドラマの間で改変なく、金光瑶が意図的に害したものと、その理由です。

  • 金氏(『陳情令』では聶氏)の子弟→日常的に見下されており、さらに薛洋と手を組んだことを悟られたため殺害

  • 聶明玦→聶氏の子弟を殺めたことを恨まれ続け、金氏で立場を得るため父に命じられ行った悪事を咎められたため殺害 ・秦愫→金氏内での立場を盤石なものとするため、異母妹と知りながら娶った

  • 阿松→金氏内での立場を脅かす可能性があったため殺害、さらにその責任を邪魔だった世家になすりつけ一門を謀殺

  • 金光善→母と自身を認めず嘲られたため殺害

  • 雲夢の妓楼→母と自身が虐げられため火を放ち妓女たちを殺害

 次に原作と『陳情令』の相違点です。

  • 金子勳の呪い→原作では蘇渉の独断で行われており、金光瑶は関与していない

  • 金子軒→原作では多少の苦労を味わうべきという出来心こそあったが、意図的に殺害したのではない

 上記の二人について原作では、金光瑶が温若寒を殺害した功績で金氏に迎えられて以降、関係が回復した旨の描写があります。よって金子軒、金子勳の二人は、この時金光瑶を害する存在ではなかったと言えます。

  • 江厭離→原作では魏無羨が力を制御できなくなった。金光瑶は関与していない

 このように列挙すると明確ですが、金光瑶が意図的に排除しているのは〈蘭陵金氏で地位を獲得し、父親の承認を得〉るという母の願いを邪魔するものたち、報復はその願いを叶える自身と母を害し、悪意を向けるものに対して行われているのであり、そうでないものを害することは基本的にはありません。それどころか、彼に善意を示した藍曦臣には善意で、彼を尊ぶ蘇渉には真心で接し、その昔、彼と母に唯一思いやりを示した妓女、思思の命を奪うことはしませんでした。
 さらに、雲夢の妓楼跡地に建設した観音殿には母の顔そっくりの観音像を建てています。かつて妓女と嘲られ、蔑まれた母親に、人々が跪き頭を下げるように。ここまで来ると、金光瑶が執着する母の願いは、願いというよりもはや呪いであると言っても過言ではありません。
 そして、この極めてエゴイズム的な行動原理の対比として描かれているのが、他ならぬ聶明玦です。以下の原作本文引用は、金氏が薛洋を擁護し匿っていることについて、金麟台で金光瑶と聶明玦が口論をしている場面です。金光瑶が彼の人生において三度目の階段落ちを経験することとなる直前の会話を引用します。

他抬起头,目光中有不明的火焰跳动,道:“不过大哥,我一直以来都想问您一句话:您手下的人命,只比我多,不比我少,为什么我当初只不过是迫于形势杀了几个修士,就要被你这样一直翻旧账翻到如今?”
聂明玦气极反笑,道:“好!我回答你。我刀下亡魂无数,可我从不为一己私欲而杀人,更绝不为了往上爬而杀人!”
金光瑶道:“大哥,我明白您的意思了,您是不是想说,你所杀者全都是罪有应得?”
不知道是从哪里来的勇气,他笑了两声,朝聂明玦走近了几步,声音也扬了起来,有些咄咄逼人地道:“那么敢问,您如何判定一个人是否罪有应得?您的标准就一定是正确的吗?设若我杀一人活百人,这是功大于过,还是罪有应得?欲成大事,总要有些牺牲的。”
聂明玦道:“那你为什么不牺牲你自己?你比他们高贵吗?你和他们不同吗?” 金光瑶定定看着他,半晌,像是终于下定了什么决心,又像是放弃了什么,冷静地道:“是。”(第49章)
【彼は頭を上げ、瞳の中に不明瞭な炎を揺らして言った。「大哥、わたしはずっと聞きたかった。あなたが殺めた命は私より少なくない、それなのになぜ、仕方なく数人の子弟を殺しただけの私が、いつまでもあなたに恨まれなければならないのですか?」
聶明玦は怒りに反して笑った。「いいだろう!では教えてやる。我が刀が葬った魂は数えきれないが、私は決して私欲のために人を殺めたことはなく、のし上がるためなどもっての外だ!」
金光瑶は言った。「大哥、あなたの考えはよくわかりました、つまりあなたが殺めた者にはすべて罪があると言うのですね?」
この勇気は一体どこから来たのか、彼は笑い、聶明玦にいくらか歩み寄り、声音は高揚し、驕ったように迫った。「では尋ねます、彼らが罪人だと判断する根拠は?その根拠は正しいですか?もし一人殺して百人を救えば、これは功績ですか、それとも罪ですか?大事を為すならば、多少の犠牲は必要です」
聶明玦は「なぜ己を犠牲にしない?お前は彼らより尊いのか?お前は彼らとは違うのか?」と尋ねた。
金光瑶はしばらく彼を見て、ついに決心でもしたように、また何かを諦めたように、静かに言った。「そうです」】

 自身の保身のために他者を躊躇なく害する金光瑶に対し、聶明玦は〈決して私欲のために人を殺め〉ず、〈己を犠牲に〉すると言います。では、彼が自身を犠牲にしてでも守りたいものとは何か。それは言うまでもなく、己の生まれた世家であり、清河の地であり、家族であり、そして弟です。聶明玦は、私欲のために他者を害した温氏の末路を見届けています。前宗主である父亡き後、聶氏の家主として、他家とともに正義を掲げて温氏に報復したのは彼でした。ゆえに、私欲で向けた悪意には必ず報復が待つことを、彼は身をもって知っているのです。
 彼のように家主として〈己を犠牲に〉し、家や家族、子弟たちを守るという立場は作中、望まないにもかかわらず温氏の残党討伐、あるいは夷陵老祖討伐に加担せざるを得なかった江澄や藍曦臣にも共通するものとして描かれています。仙門百家の傍若無人同調圧力に対し、彼らが自身の心に反して否を唱えることができなかったのは、家主という立場にあり、己の世家や家族、子弟をかえりみなければならなかったためです。彼らは自身の心を犠牲にして、彼らの家とその名声を守りました。
 対して金光瑶は、自分が何より尊いのだと言います。なぜなら彼には、かえりみるべき世家も、家族も、兄弟も存在しないのです。先に述べた通り、金光瑶にとって重要なのは母の願いを叶えることであり、母の願いを託された己の身ひとつを除けば、かえりみるものなど何ひとつないのです。ゆえに彼は、最愛の母と、その願いを託された己を害されることが何よりも耐え難い。
 そして、金光瑶はついに聶明玦を殺害します。ドラマ『陳情令』では薛洋に首を刎ねさせていましたが、原作小説では金光瑶自身が直接手を下しています。そして聶明玦の死後、己を害する悪意から守ってくれていた兄がいなくなったことによって初めて、聶懐桑は己に向けられた悪意を身をもって知ることになるのです。
 ここで言う悪意とは、金光瑶が清心音に隠した邪曲の旋律を弄し、刀霊に蝕まれる聶明玦の精神状態を悪化させたこと、また偽の清心音を聶懐桑に手ほどきし、聶明玦殺害の片棒を担がせたことです。後者については原作小説内に明確な描写を見つけることができなかったのですが(読みとばしている可能性があるので、該当の描写についてお気づきの方がいらっしゃいましたら教えていただけると嬉しいです)、『陳情令』番外WEB映画『乱魄』において描写が見られるため、こちらについて言及していきます。
 『乱魄』冒頭で金光瑶は聶懐桑に竹笛を与え、兄の精神が刀霊の影響で乱れた時、その笛で清心音を奏でるように教えます。しかし懐桑の知る清心音は当然ながら、金光瑶が清河を訪れて奏でる偽の清心音であり、懐桑はそれとは知らず邪曲の旋律を奏で、兄が刀霊に蝕まれてゆく様子を目の当たりにしてしまいます。
 先にも述べた通り、聶懐桑は「異母兄弟」ゆえに兄に守られ、甘やかされ、己の家族や世家に対する責任とは無縁の人生を歩んできました。彼は『乱魄』において〈就算我不是清河的二公子,我也是他唯一的弟弟〉【日本語訳:たとえ私が清河の次男でなくても、私は彼の唯一の弟】だからという理由で、生死もわからぬ兄を助けるため、己の命をかえりみることなく犠牲にしようとしました。この時、もし兄がすでに死んでいたとしたら、今後聶氏を支えていくのは己一人しかいないこと、自分まで命を落とせば、直系の子弟を失った清河聶氏がどのような末路をむかえるか。本来真っ先に考えなければならないはずの責任ですが、しかし、彼は他の子弟たちの説得を振り切ってでも兄を助けに行くことを選びます。聶懐桑にとって己の命を犠牲とするに値するのは、己の世家でも数多の子弟たちでもなく、自身を生涯守ってくれる唯一の兄、ただ一人だけなのです。
 その兄が、突然死んでいなくなった。自身と家を守ってくれる兄がいなくなり、聶懐桑は重くのしかかる責任と、向けられた悪意に直面します。
 そのような男が報復のため、犠牲とするものを取捨選択する時、どんな判断をするかは金光瑶を見れば明白です。

 聶懐桑が十年もの時間をかけて集めた証拠は金光瑶の悪事を証明するのに十分であり、その当時いくら金氏が強大な権力と名声を誇っていたとしても、兄明玦が温氏に対してそうしたように正義を掲げて報復することも可能だったはずです。実際、仙門百家は金光瑶の悪事が明るみに出るや否や、証拠の信憑性など二の次で、手のひらを返したように、寄ってたかって金光瑶を断罪したがりました。聶懐桑がたった一言声をあげるだけで、他家の力を借り、聶氏の名声を地に落とすことなく、彼自身〈一問三不知〉などという不名誉な罵倒を受けることもなく、金光瑶を誅することは決して不可能ではなかったでしょう。
 しかし、聶懐桑はたとえ聶氏の名声を地に落とし犠牲にしたとしても、最後まで自身の正体を明かすことなく金光瑶に報復する道を選びました。それはつまり、彼が聶氏をかえりみるより、自身の名誉と保身を選んだということに他なりません。もし聶懐桑が声を上げたなら、金光瑶、あるいは金光瑶を慕う者が報復の対象を考えた時、真っ先にその標的となるのは他家を先導した聶懐桑です。彼はそれを恐れ、あくまで匿名のまま大局を支配することを選んだのです。以下、原作本文より、観音殿崩壊後の聶懐桑に言及する描写を一部引用します。

 聂怀桑此刻的满脸茫然和无奈, 也许是伪装。他不愿承认自己把旁人当做棋子,视旁人性命如无物,或者他的计划不止于此,他要隐藏真实面目做更多的事、达成更高的目标;也有可能根本没那么复杂,送信、杀猫、将聂明玦身首合一的另有其人,聂怀桑根本就是个货真价实的脓包。(第110章)
【この時、聶懐桑は呆然として無力な顔をしていたが、これは偽の表情だったのかもしれない。彼は人々を盤上の駒の如く支配し、他者の人生を空洞なものと見なしていること、あるいは、彼の計画がこれに留まらないことを認めたくないのである。彼は本当の顔を隠してさらに多くのことを為し、より大きな目標を達成しなければならない。彼の根本はそれほど複雑ではなく、おそらく手紙を送り、猫を殺し、聶明玦の頭部と身体を繋ぎあわせるには第三者の力が必要であり、聶懐桑の根本はあくまで正真正銘の役立たずである。】

 今后的数十年里,说不定清河聂氏的这位家主,会逐渐开始展露锋芒,继续给世人带来更多的惊讶呢。(第113章)
【今後数十年の間、ひょっすると清河聶氏の家主は、次第にその才能を示し始め、人々にさらに多くの驚きをもたらし続けるかもしれない。】

 一連の事件後、聶氏と彼自身の地位を回復した(かもしれない)という描写があることから、武勇に優れてはいなくとも、聶懐桑には元来家名を貶めることなく事を為すだけの手腕があったことは明らかです。それでも彼は最後まで、金光瑶殺害に至る一連の事件が自身の計画であることを認めず、あくまで白を切り続け、報復の真相を闇に葬ります。

 金光瑶道:“魏公子,你不是应该最清楚的吗?无冤无仇就能够相安无事?怎么可能,这世上所有人原本都是无冤无仇的,总会有个人先开头捅出第一刀的。”(第104章)
【金光瑶は言った。「魏公子、あなたが一番わかっているのではありませんか?恨みや確執がなければ無事でいられると?そんなはずがない、この世界の誰にも元々確執などなく、常に誰かが最初の一太刀を浴びせるのです」】

 こちら作中でも一、二を争うほど好きな台詞なのですが、金光瑶は本当に世俗の因果応報をよく体現している人物です。この場合、先に悪意を向け致命傷となる一太刀を浴びせたのは金光瑶であり、聶懐桑はその向けられた悪意に報復しました。まさに因果応報です。聶懐桑と金光瑶、彼らは「異母兄弟」であるがゆえに、聶明玦のように〈己を犠牲に〉して世家を守ることも、魏無羨のように〈己を犠牲に〉して見返りを求めず無数の弱者に手を差しのべることもできません。彼らには己以上にかえりみるものはなく、彼らが最終的に守りたいものは、いつだって自分自身なのです。
 彼らは「異母兄弟」という同じ言葉で表現される出自を持ちながら、その人生で味わった苦楽は正反対の道程であり、しかし最終的にたどり着いた答えはまたもや同じ結論でした。

 これは余談ですが、「家を継ぐべき嫡子」に対する「異母兄弟」という立場で描かれているもう一人の「異母兄弟」莫玄羽ですが、彼も最終的には自身を虐げた莫家の人々、そして金光瑶に私欲のために報復をする道を選びます。しかし、莫玄羽が聶懐桑、金光瑶の両者と異なるのは、報復のために魏無羨を犠牲にするとともに己の命すらも代償とした点です。というのも、彼にはもはや自分の身ひとつ以外に代償とするものなど、何も残ってはいなかったのです。それでも己の私欲のために、己の身を犠牲にして、最終的に報復をなし遂げたのですから、本末転倒とはいえ彼は彼自身を救うことができたのではないでしょうか。
 このように『魔道祖師』における「異母兄弟」は、「自分だけの救世主」として描かれています。彼らには大事を為すだけの力があり、素質があり、それを成し遂げるだけの行動力もありますが、彼らが最終的に自身を最もかえりみる以上、己以外のものを救うことはできません。
 そしてこれは、己を犠牲にし、弱者に手を差しのべ、多くの人々を救おうとした結果、最終的には誰一人救うことができず、自身すらも破滅を迎えた夷陵老祖魏無羨に対する究極の対比に他ならないでしょう。人物間の対比があまりにも美しすぎます。

 さらに余談ですが、実写ドラマ『陳情令』の番外WEB映画『乱魄』では、聶懐桑が兄明玦の死の真相を知り、金光瑶への報復を決意するまでの過程が描かれているのですが、この映画には「Fatal Journey」という副題があり、直訳すると「致命的な旅」となります。作中で旅をしているのは聶氏の兄弟と子弟たちであり、エンドロールの直前、ラスト数秒のシーンを見るまでは聶懐桑/聶明玦兄弟にとって「致命的な旅」を描くのだろうと思っていました。が、本作で描かれるのは誰より金光瑶にとって「致命的な旅」なんですね。
 もし、金光瑶が聶懐桑に竹笛を渡さなければ、聶懐桑を祭刀堂に連れていかなければ、聶懐桑は金光瑶の悪事の証拠を目の当たりにすることはなく、兄の死の真相は永遠に闇に葬られていたかもしれない。しかし、金光瑶は聶懐桑に竹笛を渡し、清心音を教え、祭刀堂に同行させた。上手く歯車が噛み合ったように、聶懐桑は金光瑶の悪事の証拠を手に入れてしまう。金光瑶にとって、これほど致命的な失敗は作中どこを探しても他にはないでしょう。『乱魄』本当に面白かったので、いつかWOWOW放送の『陳情令』本編と同じ方の日本語字幕で視聴の機会があればいいなと思っております。

 最初にも述べたのですが、8月よりWOWOWにて、実写ドラマ『陳情令』のリピート放送、また9月より同じくWOWOWにて 『魔道祖師』日本語字幕版アニメの放送が決定しています。オタクの発作のようなロスに優しい。恐らく、今後本格的に日本で展開していくコンテンツです。皆さんタイトルだけでもどうか覚えてください。