【魔道祖師/陳情令】「忘羨」のリフレインとして読む「義城編」―義城における人物役割論―

 『魔道祖師』原作小説において、「朝露」「草木」二つの章の中で語られる物語「義城編」。「義城」と呼ばれる街で起こる怪事件と過去の惨劇、そしてその真相について言及される物語群の通称です。
 「たった二章」と思われる方もいるかもしれません。しかし、そのわずか二章には、およそ十年にも及ぶ四人の人物の因縁と、その因果の帰結するまでが情緒的に描かれており、とても「たった二章読んだだけ」とは思えないほど緻密に作り込まれた物語となっています。
 この「義城編」、それを単独の物語として分析しても十分におもしろいのですが、これを『魔道祖師』の主人公である魏無羨と藍忘機という二人の人物をめぐる、およそ二十年の物語の「再演」として読むことができるというよりは、そのように読ませるための数々の類似点が意図的に示されているのです。この点にお気づきの方は決して少なくはないと思いますので、そういった方の目には本稿の内容は大変な野暮のように映るかもしれません。
 本稿の目的はタイトルの通りです。以下の文章では『魔道祖師』作品内における一箇物語群「義城編」を、「魏無羨と藍忘機をめぐる物語」のリフレインとして読むための指摘を行なっていきます。
 よって本稿では、筆者が個人的に比較した「魏無羨と藍忘機をめぐる物語」と「義城編」の共通点、類似点、および相違点をもとに、「義城編」主要登場人物である暁星塵、宋嵐、薛洋、阿箐の四名のキャラクター、彼らが作中で担う役割について物語論の観点から言及していきます。
 本稿で筆者が指摘する論旨は、すべて筆者が個人の視点から独自に論じるものであり、他者の考察や二次創作を否定する意図は一切ございません。
 なお本稿には、原作小説『魔道祖師』本編、および実写ドラマ『陳情令』のネタバレを含みます。

1、暁星塵≒魏無羨から導き出される役割対立

 まず本章では、義城編における主要登場人物のうち、暁星塵宋嵐について言及していきます。暁星塵と宋嵐は、非常に親しい間柄であることが作品内において幾度も強調されている一方で、親しい二人の決別が義城編で描かれる悲劇の発端として機能します。
 暁星塵と宋嵐、二人の関係にかかわる言及を、簡体字版『魔道祖師』原作本文から以下に二点引用します。筆者による日本語訳は、なるべく意訳はせず直訳に近い形で訳していますが、もし誤訳等ありましてもご容赦ください。

众家见此品貌清明、修为了得的年轻道人,大为心折,纷纷送出邀请。晓星尘却全部婉言谢绝,明言不愿依附于任何世家却和一位至交好友一起,一心要建立一个全新的不重视血缘联结的门派。(「朝露」)
【身なりよく、実力も充分な若い道士(※注①:暁星塵)を見た多くの世家は、大いに敬服し、次々に彼を門派に招こうと尽力した。しかし、暁星塵は仙門世家に依存することをよしとせず、それらの招待のすべてを丁寧に断り、最も親しい友人とともに、血縁を重んじることのない新しい門派を設立することを決意した。】

晓星尘只身出山,并无亲人,只有一位下山之后结识的好友,叫做宋岚。这位宋岚也是当时的一位道门名士,为人清傲,风评亦优。两人都想自建门派,轻血缘传承,重志同道合,可说是知交好友,志趣相投。时人赠语:明月清风晓星尘,傲雪凌霜宋子琛。(「朝露」)
【暁星塵は一人で山を下り、相識といえば下山の後に出会った友人が一人いるだけであり、彼は名を宋嵐と言った。この宋嵐という人は当時、道士の中で最も立派であると名高い孤高の人であり、世間における評判は非常に優れていた。彼らは血縁にかかわらず、志を重んじる新しい門派を築くという同じ目標を持っており、知己と呼んでも過言ではないほど親しい間柄であった。世間の人々は彼らを「明月清風の暁星塵、傲雪凌霜の宋子琛」と褒めたたえた。】

 上記の引用部にも明らかなように、暁星塵と宋嵐は出自こそ異なれど、同じ志を持つ〈知己と呼んでも過言ではないほど親しい間柄〉として描かれます。彼らは文字通り、唯一無二の友であるわけです。
 この言及を見る限り、彼らの在り方は言わずもがな魏無羨と藍忘機の関係性を、読者に想起させるはずです。『魔道祖師』あるいは『陳情令』の凡その結末を知っている人ほど、とりわけそのように読むことができるのではないでしょうか。
 実際、実写ドラマ『陳情令』においては、暁星塵と宋嵐/魏無羨と藍忘機という二項関係の類似性は原作よりも意図的に、何なら露骨すぎるほどに表現されています。例を挙げるならば、櫟陽での彼らの邂逅が最も印象的でしょう。
 『魔道祖師』原作では、生前の魏無羨は暁星塵、宋嵐の両者と実際に会うことがないまま、不夜天の惨劇で命を落とします。しかし『陳情令』では原作と異なり、櫟陽常氏虐殺の現場を訪れた魏無羨と藍忘機は、薛洋を追って現れた暁星塵、また、暁星塵を追って現れた宋嵐の両者と、この場ではじめて遭遇することになります。そこで「血縁より志を重んじる」と語る暁星塵と宋嵐に感銘を受けた魏無羨は、「俺と藍湛も同じ志を持つから、二人組になって夜狩に」と語るのです。この台詞では明らかに、魏無羨は己と藍忘機の関係性を、暁星塵と宋嵐の在り方になぞらえて語っています。
 さらに、暁星塵は抱山散人の弟子であることが判明し、暁星塵が魏無羨の師叔(魏無羨の実母は抱山散人の弟子)にあたるという関係性が明らかにされます。この時点で「暁星塵≒魏無羨」という二項関係が意図的な類似性をもって示されていることは、誰の目にも明らかです。
 そうすると、宋嵐と藍忘機についても、彼らの役割における類似性は自然と指摘できるように思えます。暁星塵の知己として描かれる宋嵐と、魏無羨の知己として描かれる藍忘機。二人の立場は類似しており、二人の担う役割が対応関係にあると考えても何ら違和感はありません。
 しかし宋嵐と藍忘機の二項関係は、あくまでこの時点ではスリードに過ぎないのです。

 先にも述べたとおり、親しい関係であった暁星塵と宋嵐、両者の決別が悲劇の発端となるのですが、そのすべての因果の始まりとも言えるのが暁星塵による薛洋への糾弾と、薛洋による白雪閣の襲撃です。
 夷陵老祖・魏無羨の死後、蘭陵金氏は陰虎符の修復が可能な存在として見込んだ薛洋を、彼らの庇護下におきます。しかし、金氏の客卿となった薛洋はある時、己の報復のために櫟陽常氏一門を虐殺し、その首謀者として暁星塵に糾弾されることになります。この時、暁星塵に激しく糾弾され、罪に問われた薛洋は、暁星塵への憎悪を抱くに至り、その憎悪がやがて報復へと発展するのです。
 以下、暁星塵による糾弾から薛洋の報復まで、一連の出来事にかかわる叙述を原作本文から引用します。

兰陵金氏虽一心包庇薛洋,晓星尘却软硬不吃。两边僵持不下,终于惊动了并未参与此次清谈盛会的赤锋尊聂明玦,引得他从别处飞赴金麟台,赶来出面。
聂明玦虽是金光善的后辈,但他为人严厉,绝不容忍,绝不姑息,一番痛斥,弄得金光善好没面子,讪讪无话。(中略)最终,兰陵金氏无法,只得让步。
薛洋被晓星尘抓上金麟台后,(中略)被架下去之前,他还对晓星尘很是亲热地说:“道长,你可别忘了我呀。咱们走着瞧。”(「朝露」)
【蘭陵金氏は一心に薛洋を庇い立てたが、暁星塵は決してそれを容認しなかった。両者はにらみ合いを続け、ついにはこの会談に参加しなかった赤鋒尊、聶明玦までもが勧告を受け、金麟台へと駆けつける事態となった。
聶明玦は金光善の後進であったが、彼は厳格な人柄で金氏の行いを決して容認せず、厳しく非難したので、顔に泥を塗られた金光善はきまりが悪く、それ以上薛洋を庇うことができなかった。(中略)結局のところ、蘭陵金氏には打つ手がなく、譲歩するほかなかったのである。
暁星塵に金麟台で捕えられた後、(中略)彼は暁星塵に親しみを込めて「道長、俺を忘れるなよ。楽しみにしていろ」と言った。】

而薛洋被放出来后,果然再一次展开了他的报复。不过这一次,他并没有报复在晓星尘本人身上。
(中略)
薛洋便挑了这边下手,故技重施,将宋岚从小长大学艺的白雪观灭了个干净,并且偷施暗算,用毒粉毒瞎了宋岚的一双眼睛。(「朝露」)
【薛洋は解放された後、案の定というべきか、再び復讐をはじめたのである。しかし今回ばかりは、暁星塵本人に対する報復ではなかった。
(中略)
薛洋はこの友人(※注②:宋嵐)に目をつけ、過去の報復の手口を繰り返したため、宋嵐が幼い頃から学んだ白雪閣は跡形もなく滅ぶこととなった。さらに薛洋は、ひそかに毒粉を用いて宋嵐の両目を盲目にしたのである。】

 暁星塵の厳しい糾弾の結果、金光善の釈明もむなしく、薛洋は櫟陽常氏虐殺の首謀者として罪に問われます。しかしその後、虐殺事件の生き残りである常萍が主張を覆したことにより、薛洋は再び解放されることになります。解放後、薛洋は己を罪人として糾弾した暁星塵への報復を実行に移すのですが、〈暁星塵本人に対する報復〉ではなく、その友人である宋嵐に目をつけ、彼の両目を奪います。
(※この時、薛洋がなぜ宋嵐に目をつけたのか、なぜ宋嵐の両目を奪ったのかについて、本稿では引用等を用いて言及しませんが、原作番外編「悪友」にその動機が描かれているので気になる方はぜひ読んでみてください。)

 義城編における宋嵐の役割を考察するうえで、決定的な出来事はこの後に起こります。薛洋による白雪閣の襲撃後、宋嵐と暁星塵は一度袂を分かつことになるのですが、その経緯について薛洋が語る場面を以下に引用します。

薛洋又道:“你是用什么立场来谴责我的?朋友?你好意思说自己是晓星尘的朋友吗?哈哈哈哈宋道长,需不需要我提醒你一下,我屠了白雪观之后,你对晓星尘是怎么说的?他担心你要来帮你,当时你对着他是什么神情?说了什么话?”
宋岚心神大乱,道:“我!我当时……”
薛洋直接把他堵了回去:“你当时正悲愤?正痛苦?正伤心?正愁没处撒火?所以迁怒于他?说句公道话,我屠你的观的确是因为他,你迁怒于他也是情有可原,而且正中我下怀。”
(中略)
薛洋道:“唉!说‘从此不必再见‘的到底是谁?难道不正是你自己吗宋道长?他听从你的要求,把眼睛挖给你之后就从你前面消失了,现在你又为何要跑来?你这不是让人为难吗?晓星尘道长,你说是不是?”(「草木」)
【薛洋はまた「お前はどんな立場で俺を責める? 奴の友? 暁星塵の友を名乗って恥ずかしくないのか? 宋道長、俺が白雪閣を滅ぼした後、お前が暁星塵に放った言葉を思い出させてやる必要があるようだ。奴がお前を助けに来た時、お前は奴の顔を見たか? 奴に何と言った?」と尋ねた。
宋嵐は「私は! 私は、あの時……」と、ひどく取り乱している。
薛洋は彼の言葉を遮って「悲しみ憤った? 苦痛に耐えられなかった? 心が傷ついた? 捌け口がなかった? だから怒りの矛先を奴に向けた? 俺が白雪閣を滅ぼしたのは奴が原因で、お前が奴に怒りをぶつけるのは当然だ。そして、それは俺の思うつぼだった」と語った。
(中略)
薛洋は「そうだ!『もう会う必要はない』と言ったのは誰だ? 宋道長、お前自身だろ? 奴はお前の要求どおり、お前に目を与えて姿を消したのに、なぜまた現れる? 苦しませるだけだと思わないのか? 暁星塵道長、そうだろ?」と言った。】

 以上の言及に明らかなように、宋嵐は白雪閣が滅び、己が両目を失った憤りの矛先を暁星塵に向けたのです。彼は暁星塵を責めたて、挙句の果てに「もう会う必要はない」と語り、暁星塵を突き放します。なぜなら、白雪閣の襲撃はすべて暁星塵への憎悪が原因で行なわれた報復であり、宋嵐と白雪閣の人間には一切の非がないと彼は考えているからです。
 そして、宋嵐の憤りを目の当たりにし、己に責任を感じた暁星塵は宋嵐へ己の〈目を与えて姿を消した〉のです。

晓星尘当初别师离山,发过誓不再回去。他极重诺言,但宋岚双目已盲,又受了重伤,他便破了自己的誓言,背着宋岚重返抱山散人之处,请求师尊救治好友。
抱山散人念在师徒一场,答应了他的请求。晓星尘便下山离去,从此不知所踪。
再过一年,宋岚也出了山。世人惊奇,他竟然连当初瞎得彻底的一双眼睛都重见光明了,可事实上,并非是抱山散人医术出神入化,而是晓星尘……自挖双眼,把眼睛还给了受他所累的宋岚。(「朝露」)
【暁星塵は山を離れる時、二度と山には戻らないことを誓っていた。彼はこの誓いについて非常に真剣に受け止めていたが、宋嵐が両目を失ったことで、彼は自己の制約を破り、宋嵐を背負って抱山散人の元へ戻り、友人を救うよう師に懇願したのである。
抱山散人は己の弟子を憂い、彼の要求に同意した。暁星塵は再び山を下り、その後の行方を知る者はいない。
その一年後、宋嵐も山を下りた。世人は、彼が当時盲目になったにもかかわらず、再び両目が見えるようになったことに驚いた。しかし実際には、抱山散人の絶技的な医術が駆使されたわけではなく、暁星塵――彼が己の両目を抉り、宋嵐に与えたのである。】

 薛洋の襲撃により、幼い頃から学んだ白雪閣と己の両目を失った宋嵐は、その責任が暁星塵にあるとして彼を責めたてました。それが原因で、暁星塵は己の両目という身体の一部を宋嵐に与え、彼の前から姿を消し、唯一交流のあった宋嵐とさえ距離を置くことで世俗から孤立することになります。
 この一連の出来事、どこかで見たことがある話ではないでしょうか。指摘されるまでもなくお気づきの方も多いと思いますが、これは生前の魏無羨と江澄の金丹をめぐる物語と非常に酷似しているのです。
 岐山温氏による蓮花塢襲撃の後、金丹を失った江澄は、江氏が襲撃を受けたのは魏無羨のせいであると彼を責めます。そして魏無羨は温情、温寧姉弟の協力のもと、江澄に己の金丹を与え、それが原因で正道を歩むことができなくなり、仙門世家のなかで孤立していくことになります
 このように、生前の魏無羨≒暁星塵が孤立していく過程を考えると、江澄と宋嵐には非常に多くの共通点を指摘することができます。江澄が蓮花塢襲撃の責任を魏無羨に糾弾したように、宋嵐もまた、白雪閣襲撃の責任を暁星塵に問いました。そして魏無羨が江澄に金丹を与えたように、暁星塵は宋嵐に両目を与え、彼らは世俗から孤立していくことになるのです。これらの過程を見る限り、この時点で宋嵐が担う役割には、藍忘機ではなく江澄との類似性が強調されていることは明らかです。

金光瑶不为所动,继续微笑着侃侃而谈:“……当时兰陵金氏、清河聂氏、姑苏蓝氏三家相争,已经分去了大头,其他人只能吃点小虾米,而你,刚刚重建了莲花坞,身后还有一个危险不可估量的夷陵老祖魏无羡。你觉得其他家族会高兴看到一个拥有如此得天独厚之势的年轻家主吗?幸运的是,你和你师兄关系好像不太好,所以大家都觉得有机可乘,当然能让你们分裂反目就尽量推波助澜。(中略)江宗主,但凡你从前对你师兄的态度表现得好一点,显得你们之间的联盟坚不可摧,让旁人知难而退不试图挑拨,或是事发之后你多一丝宽容,事情也不会变成后来的样子。啊,说起来,围剿乱葬岗的主力也有你一份呢……”(「恨生」)
【金光瑶は一切動揺を見せず、微笑んで話し続けた。「……当時、蘭陵金氏、清河聶氏、姑蘇藍氏の三家が競い、小さな世家には干渉の余地さえなく三世家が勢力を形成した。一方、蓮花塢を再建したばかりのお前の背後には、計り知れず危険な存在である夷陵老祖、魏無羨がいた。そのような状況にある年若い家主を、他の世家が歓迎したと? 幸いにも、お前と師兄の関係は良好とは言いがたく、誰もがお前たちを反目させる隙を狙っていたのだ。(中略)江宗主、もしお前が、この師兄を少しは厚遇し、お前たちの結束は固いと示し、人々に隙を見せなければ、もしくは、事が起きても寛大に処置していたら、その後のような悲劇は起きなかったかもしれない。ああ、そういえば、乱葬崗の討伐には、お前も加わったのだった」】

 上記に引用した金光瑶の言及にも明らかですが、作中における江澄の役割を一面的に単純化して考えると、最後まで味方する立場にあるはずの人間が、やむを得ず反目することで、魏無羨を孤立させることに収束します。ゆえに、類似の過程をもって暁星塵を孤立させた宋嵐は、この時点で「魏無羨(≒暁星塵)を孤立させた江澄」と同一の役割を担っているということができるでしょう。
 その後、宋嵐と袂を分かった暁星塵は、遊歴のなかで放浪の少女、阿箐に出会います。阿箐も非常に重要な役割を担う人物であるため、後述にて詳細に触れますが、本章では一旦割愛します。
 暁星塵と阿箐、二人が辿り着く場所が物語の中心的な舞台となる「義城」と呼ばれる街です。この義城という特殊な場所もまた、「魏無羨と藍忘機をめぐる物語」と「義城編」における類似点の創出のため、意図的に設定された空間であると考えられます。
 以下、本章の最後まで、物語における「空間」について言及していきます。興味のない方は二章まで読み飛ばしてください。

 先にも述べましたが、義城編で暁星塵が置かれる境遇は、「魏無羨と藍忘機をめぐる物語」における魏無羨の立場と非常に酷似しています。そして、宋嵐と袂を分かった暁星塵が義城に辿り着いたように、江澄と袂を分かち、専門世家から孤立した魏無羨は温氏の人々を匿うため、乱葬崗へと向かいます
 以下、魏無羨と藍忘機が義城という街の特異性について語る場面を、原作本文より引用します。

魏无羡道:“这条路通往义城。石碑上的第一个字是‘义’字。”
蓝忘机道:“侠义之义?”
魏无羡道:“也对,也不对。”
蓝忘机道:“何解。”
魏无羡道:“字的确是那个字,意思却不对。非侠义之义,乃义庄之义。”
他们踏着乱丛杂草走上这条岔路,将那块石碑甩在身后。魏无羡继续道:“这几位姑娘说,自古以来,住在那座城里的人十之六七都短命,要么短寿要么横死,城中供置放尸体的义庄非常多再加上当地特产棺材纸钱等丧葬阴奉之物,无论是做棺材还是扎纸人都手艺精湛,所以就叫了这个名字。”(「草木」)
【魏無羨は「この道は義城に通じている。石碑の最初の文字は『義』という文字だ」と言った。
藍忘機は「狭義の義か?」と尋ねた。
魏無羨は「そうだけど、そうじゃない」と答えた。
藍忘機は、再び尋ねた。「というと?」
魏無羨は「字は確かにその字であっているが、意味が違う。狭義ではなく、義荘の意味だ」と言った。
彼らは雑草だらけの岐路を行き、石碑を後にした。魏無羨は続けて語る。「さっきの少女たちが言うには、昔から義城に住む人々は十人のうち六、七人は短命か、あるいは変死を遂げるため、遺体を安置する義荘が多くあるらしい。さらに、義城では棺や冥銭のような埋葬物を作るのが盛んで、職人の腕がよく、この名前がつけられたとか」】

 さらに、以下には乱葬崗にかかわる温晁の言及を引用します。

温晁就在这座山的上方停住了。他道:“魏婴,你知道,这是什么地方吗?”
他桀桀笑道:“这个地方,叫做乱葬岗。”
听到这个名字,一道寒气顺着魏无羡的背脊爬上了后脑。
温晁继续道:“这个乱葬岗就在夷陵,你们云梦那边肯定也听过它的大名。这是一座尸山,古战场,山上随便找个地方,一铲子挖下去,都能挖到一具尸体。而且有什么无名尸,也都卷个席子就扔到这里。”(「三毒」)
【温晁は、ある山の上で静止した。彼は「魏嬰、お前はここがどこだか知っているか?」と尋ねた。
彼は笑って「ここは乱葬崗と呼ばれている」と言った。
その名を聞いて、魏嬰の背を寒気が走った。
温晁は続けて語った。「乱葬崗は夷陵にあり、雲夢でもその名を聞いたことがあるはず。無縁塚でもある古戦場で、山を掘り起こせば屍が出てくる。一体どれだけの無名の屍が、ここに捨てられたことだろう」】

 上記二つの引用部で語られているように、義城は遺体の安置される義荘が数多く存在する街であり、一方の乱葬崗は屍の捨てられた古戦場で、無縁塚でもあります。このように義城と乱葬崗は、どちらも死を暗示する場所で、死者のための空間として設定されているのです。
 孤立後、意図せず死を暗示する場所へ辿り着く暁星塵と魏無羨。これもまた、類似する状況に置かれた彼らの共通点の一つであり、彼らの辿る末路を考えれば、これらの空間の設定も適切であると考えることができるでしょう。
 そして義城に辿り着いた暁星塵と阿箐は、そこで何の因果か、傷を負い瀕死の状態の薛洋を保護することになるのです。これもまた、魏無羨が乱葬崗で温氏の人々を匿うことに類似しています。
 魏無羨と温氏の人々、暁星塵と阿箐、薛洋。これらはまた、作中に頻出する機能不全実家族の対比として描かれる擬似家族のひとつの例であり、『魔道祖師』を論じる上で大変おもしろい観点なのですが、本稿の趣旨からは大きく外れるため、別稿で触れることができればと思います。

2、暁星塵(≒魏無羨)を陥れる役割としての薛洋

 先の章では、暁星塵の置かれる状況が生前の魏無羨と酷似している点を軸として、宋嵐と江澄の担う類似的な役割について言及していきました。続いて本章では、薛洋の役割について考えていきます。
 先の章の最後でも触れましたが、義城に辿り着いた暁星塵と阿箐は、その入り口で重傷の薛洋を発見し、保護します。

算算时间,此时应是在金光瑶上位仙督之后。薛洋眼下如此狼狈,一定是刚刚从金光瑶的“清理”下死里逃生。金光瑶没把人打死,自然不好意思声张,又或许是相信他活不下来,便对外宣称已清理掉了。偏偏祸害遗千年,薛洋奄奄一息之际,却被老对头晓星尘救了回来。可怜晓星尘根本不会想到要仔细去摸这个人的脸,阴错阳差地救了把自己害到如此境地的仇人。阿箐虽然看得见,但并非仙门中人,不识薛洋,更不知他们之间的似海深仇,她甚至连晓星尘叫什么名字都不知道……(「草木」)
【時間を計算すると、これは金光瑶の仙督就任後でなければならない。薛洋は非常に追い詰められているように見え、おそらく金光瑶の「清理」の後、命拾いした矢先である。金光瑶は彼を殺さなかったので当然きまりが悪く、あるいは、彼が生き延びることは不可能であると確信していたため、それをすでに片づけたと公言したのだろう。あいにくと、憎まれ者は世にはばかる。薛洋は死の瀬戸際でかつての仇敵である暁星塵によって救われた。哀れな暁星塵は、この男の素性を注意深く探ることを決して考えず、偶然が重なり、かつて彼を傷つけた仇敵を救ってしまった。阿箐の目は彼らを見ることができるが、彼女は仙門の人間ではなく、薛洋を知らず、さらに彼らの間に横たわる海のように深い因縁も知らない。彼女は暁星塵の名前すら知らないのである……。】

  意図せず薛洋を救うこととなった暁星塵ですが、彼は宋嵐のために両目を失っており、救った相手が己の仇敵であると知ることができません。阿箐もまた仙門の人間ではないため、薛洋の素性も、暁星塵と薛洋の間にある因縁も知るすべがないのです。知らないからこそ、彼らは薛洋へ、無償で救いの手を差しのべました。
 そして、暁星塵に命を救われた薛洋が憎しみを捨て改心するかというと、当然そのはずもなく、薛洋はここで再び暁星塵への報復を企てます。盲目の暁星塵を騙し、無辜の村人を殺させることで彼を陥れようと画策するのです。以下の二つの引用は、阿箐が目撃した夜狩での出来事を共情によって魏無羨が目の当たりにする場面と、義城を訪れた宋嵐に薛洋が自らの所業を語る場面です。

晓星尘站在一地横七竖八的村民尸体里, 收剑回鞘, 凝神道:“这村子里竟然没有一个活口?全是走尸?”
薛洋勾唇微笑,可从他嘴里传出的声音听起来却十分惊讶不解, 还带了点沉痛, 道:“不错。还好你的剑能自动指引尸气,否则光凭我们两个人, 很难杀出重围。”
晓星尘道:“在村子里再察看一次吧, 如果真的没有活人留下了, 就把这些走尸都尽快焚烧了。”
(中略)
阿箐一连翻看了好几具尸体,翻起他们眼皮,俱是白瞳,还有几个人脸上已经爬满了尸斑,松了口气。但魏无羡一颗心却越沉越低。
虽然这些人看上去很像走尸,但,他们真的都是活人。
只不过是中了尸毒的活人。(「草木」)
【暁星塵は村人の屍の入り乱れるなかに立ち、剣を鞘に納め「この村に生き残りはいないのだろうか? 走屍ばかりか?」と尋ねた。
薛洋は口元に笑みを浮かべ、しかし非常に不可解な憐憫に満ちた口調で「そうだ。お前の剣が走屍の元に導かなければ、俺たち二人で始末するのは難しかっただろう」と言った。
暁星塵は「では、もう一度村を捜して生存者がいなければ、はやく走屍を焼き捨ててしまおう」と言った。
(中略)
阿箐はいくつかの屍のまぶたをまくり上げたが、彼らの瞳孔はすべて白く、またいくらかの屍の顔は屍斑で覆われていたため、安堵して息を吐いた。一方で、魏無羨の心中はますます暗然と沈んでいく。
村人たちは一見すると屍のように見えるが、しかし実際には、彼らは生きている。
それは、屍毒に侵された生きた人間である。】

“当”的一声,薛洋把朝他眼睛刺来的一剑格开,道:“好吧,这是你非要听的。你知道,你那位好道友、好知交,干了什么吗?他杀了很多走尸。斩妖除魔,不求回报,好令人感动。他虽然把眼睛挖给你,成了个瞎子,但是好在霜华会自动为他指引尸气。更妙的是,我发现只要割掉那些中了尸毒的人的舌头,让他们无法说话,霜华也分不出活尸和死尸,所以……”(「草木」)
【「ダン」という音の後、薛洋は宋嵐の目に向けた剣を降ろして言った。「そんなに聞きたいのなら、仕方ない。お前のお友達の道士が、何をしているか知っているか? 奴は走屍を斬っている。見返りを求めず、魔を除き、実に感動的だ。奴は目を抉り、お前に与え、光を失ったが、幸い霜華はおのずと屍を引き寄せる。さらに面白いことに、屍毒に侵され、舌を斬り落とされ、話す手段を失った相手ならば、霜華は人間と屍の区別ができない。だから……」】

 薛洋は〈屍毒に侵され、舌を斬り落とされ〉た相手を人間か屍か区別することができないという霜華の致命的な欠陥を利用し、暁星塵に無辜の村人たちを殺害させます。当然、盲目の暁星塵にはそれが生きた人間であることを知るすべはありません。彼は薛洋に騙されるまま、村人たちの殺害を重ねていきます。
 そして、ついに暁星塵は、己の唯一の友である宋嵐をもその手にかけるのです。

突遭薛洋暗算,被割去了舌头,宋岚现在痛得几乎行走不得,然而,他还是将剑从地上拔出,踉跄着朝薛洋刺去。薛洋轻轻松松闪身避过,满面诡笑。
下一刻,魏无羡就知道他是为什么露出这种笑容了。
霜华的银光,从宋岚的胸口刺入,又从他的后背透出。
宋岚低头,看着穿过了自己心脏的霜华剑锋,再慢慢抬头,看到了手持长剑,面色平和的晓星尘。(「草木」)
【突然, 薛洋に舌を切られ、宋嵐はほとんど歩くこともままならず、それでも剣を地面から引き抜き、よろめきながら薛洋に剣を向けた。雪陽はたやすく身をかわすと、怪しげに微笑んだ。
次の瞬間、魏無羨は薛洋がこのような笑顔を見せた理由を知る。
霜華の銀色の光が宋嵐の胸を突き刺し、背を貫いた。
宋嵐は頭を下げ、己の心臓をつらぬく霜華を見て、ゆっくりと頭を上げ、剣を持つ暁星塵の穏やかな表情を見た。】

 盲目の暁星塵は霜華に導かれるまま、それが宋嵐であるとは知らず彼の胸に剣を突き立てました。元来高潔な志を持つ暁星塵にとって、無辜の人々を手にかけたという己の過ちを受け入れることが、非常に大きな苦痛を伴うことは言うまでもありません。ゆえに、宋嵐は暁星塵の行った一切の殺戮を、彼に認知させないことを選びます。
 しかし、宋嵐の覚悟もむなしく、やがて暁星塵は事の真相と己の罪を知ることになります。以下、薛洋が夜狩の真実を暁星塵に明かす場面を原作本文から引用します。

魏无羡的脑中传来一阵又一阵尖锐的疼痛。这疼痛却不是从阿箐的魂魄那边传来的。
晓星尘狼狈不堪地跪在地上,伏在宋岚脚边。他缩得很小很小,仿佛变成了很虚弱的一团,恨不得消失在这个世界上,原本洁白无暇的道袍已沾满了鲜血和尘土。薛洋冲他喝道:“你一无事成,一败涂地,你咎由自取,你自找的!”
这一刻,在晓星尘身上,魏无羡看到了自己
一个一败涂地,满身鲜血、一事无成,被人指责、被人怒斥,无力回天,只能嚎啕大哭的自己!(「草木」)
【魏無羨の頭に鋭い痛みが走った。この痛みは阿箐の魂からもたらされたものではなかった。
暁星塵は狼狽え、地面に跪き、宋嵐の足元に崩れ落ちた。非常に小さく、惨めで、弱々しく、この世界から今すぐ消えてしまいたいと望む彼の純白の道衣は、血と塵で汚れていた。薛洋は彼に怒鳴った。「お前は何ひとつ為せず、過ちを犯し、自業自得で、すべて身から出た錆じゃないか!」
この時、暁星塵の身に、魏無羨は己自身を見た
取り返しのつかない過ちを犯し、血に汚れ、何ひとつ成し遂げることはできず、万人の怒りの矛先となり、時勢を覆す力もなく、ただ声を上げて泣き叫ぶことしかできなかった、あの時の自分!】

忽然,晓星尘抓起委地的霜华,调转剑身,锋刃架上了颈项间。一道澄净的银光划过薛洋那双仿佛暗无天日的幽黑眼睛,晓星尘松开了手,殷红的鲜血顺着霜华剑刃滑下。(「草木」)
【突然、暁星塵は地に落とした霜華をつかみ、刃を己の首にあてがった。澄んだ銀色の光が薛洋の仄暗い闇に満ちた両目に届いたとき、暁星塵の手が力をなくし、暗紅色の血が霜華の刃をすべり落ちた。】

 暁星塵はここに至って、ようやく己が無辜の村人と唯一無二の親友を手にかけたことを知らされます。数年もの間騙され続け、仇を友と信じて過ごし、善意を踏みにじられ、無二の親友すら手にかけた暁星塵は、到底己の罪を受け入れることができず、絶望の末に自害を選びます。
 そしてこの場面において、魏無羨が暁星塵の末路と己の過去とをオーバーラップすることにより、ようやく暁星塵と魏無羨は完全に同義の存在として描かれるのです。魏無羨は江澄と袂を分かった後、窮奇道で蘇渉の策略により正気を失った温寧が、金子軒、金子勳ら無辜の子弟たちを殺害したことによって世家への叛逆の罪を着せられます。さらに不夜天の決起大会において、意図せず江厭離を死に至らしめたことによって、魏無羨は己の死を覚悟しました。
 魏無羨の死因について原作では明言されていませんが、ドラマ『陳情令』では自害として描かれました。『陳情令』では、魏無羨と暁星塵に同一の死因という共通点を与えることによって、意図的に二人を同一化したのだと考えられます。
 そして薛洋ですが、義城編において彼が担う役割は明らかに「暁星塵を陥れ、死に至らしめること」です。暁星塵が薛洋の手によって陥れられたように、生前の魏無羨を利用し、陥れようと画策した人間は数多く存在しました。金光善、金光瑶、蘇渉、あるいは、悪意はなくとも結果的にその存在が魏無羨を陥れることになってしまった温寧。薛洋がこの時点で担うのは、彼らと同一の役割だと言えるでしょう。
 なかでも、生前の魏無羨と暁星塵の立場を照らし合わせると、彼らに同行する温寧と薛洋の共通点は非常に多く見受けられます。先に乱葬崗と義城の空間的な共通点について述べましたが、魏無羨が温寧ら温氏の人々を乱葬崗に匿ったように、暁星塵は薛洋を義城に匿いました。そして、温寧は悪意なく窮奇道で金氏の子弟らを殺害し、魏無羨に無辜の人々を手にかけたという罪を着せてしまいます。これは、薛洋が霜華の欠陥を利用し、盲目の暁星塵に無辜の村人を殺害させたことと非常に酷似しています。さらに、江澄に金丹の真実を告げたのは温寧であり、宋嵐に暁星塵の失われた両目の真実を告げたのは薛洋でした。
 これらの共通点から、薛洋は意図的に温寧と類似する描写がなされており、彼の「暁星塵(≒魏無羨)を陥れる」役割の多くは温寧に依拠するものだと筆者は考えます。
 とはいえ、彼らの間には多大な相違点も見受けられます。なかでも最も指摘すべき相違点は、温寧には魏無羨に対する悪意が一切なかったのに対し、薛洋には暁星塵への明確な悪意が存在していた点でしょう。

薛洋突然道:“是吗?那道长以前也是一个人夜猎?”
他唇角微翘,分明是一副不怀好意的模样,声音里却满是单纯的好奇。顿了顿,晓星尘微微一笑,道:“不是。”
阿箐来兴致了:“那还有谁啊?”
这次,晓星尘停顿的时间更长了。半晌,他才道:“我的一位至交好友。”
薛洋目中诡光闪动,嘴角的笑意愈深。看来,揭晓星尘的疮疤能使得他获得不小的快感。(「草木」)
【薛洋は突然「それで? 道長は以前から一人で夜狩をしていたのか?」と尋ねた。
彼の唇はわずかに歪んでおり、明らかに悪意のある様子だが、彼の声は純粋な好奇心に満ちていた。少しの間をおいて、暁星塵は「いいえ」と微笑んだ。
阿箐は興味を隠しきれない様子で「他に誰がいたの?」と尋ねた。
この時、暁星塵は先ほどよりも長い時間、口を閉ざし黙っていた。しばらくして、彼は「私の最も親しい友だ」と語った。
薛洋の目には奇怪な光が浮かび、口の端に浮かべた笑みはより深さを増した。どうやら暁星塵の傷跡を暴くことは、彼に大きな喜びを感じさせるらしい。】

他阴冷地笑了几声,道:“晓星尘,这就是我为什么讨厌你。我最最最讨厌的,就是你这种自诩正义之辈,自以为品性高洁之人,就是你这种总以为做点好事世界就变美好了的大傻瓜,白痴,天真,蠢货!你恶心我?很好,我会怕人恶心吗?不过,你有资格恶心我吗?”(「草木」)
【薛洋は冷笑し、「暁星塵、これがお前を憎む理由だよ。俺が何より憎むのは、お前のように、正義を自負し、己が高潔であると気取った奴だ。善行で世は変わると信じる、馬鹿で、単純で、おめでたい、愚か者どもだよ! 俺が憎いか? 上等だ。俺が憎悪を恐れると思うか? お前に俺を非難する資格があるとでも?」】

  〈俺が何より憎むのは、お前のように、正義を自負し、己が高潔であると気取った奴だ〉と語るように、薛洋には正義を自負し、己を罪に問うた暁星塵に対する明確な憎悪と悪意がありました。それも暁星塵に命を救われ、無償の施しを受け、さらに暁星塵の自害を目の当たりにしたことで、彼に対する憎悪と悪意は複雑な執心へと変化していくのですが……。
 しかし、薛洋の心中でどのような経緯を経て、どのような葛藤があったにせよ、彼が暁星塵に対する悪意を有していたことは原作の描写にも明らかであり、義城編における薛洋の役割として「暁星塵を陥れること」が一点課せられていることは間違いないと言えるでしょう。

3、復讐者、および代替の視点人物としての阿箐≒聶懐桑

 魏無羨と暁星塵、両者の死をもって物語は一度幕を閉じます。暁星塵の死後からおよそ七年、魏無羨の死後からはおよそ十三年もの間、傍目には彼らの消息は不明なままでした。
 再び物語が動き出す契機となるのは、聶懐桑の画策の一環として、莫玄羽の肉体を得た魏無羨が世に戻ったことです。聶懐桑が魏無羨をこの世に呼び戻した目的はというと、兄である聶明玦をはじめとした無辜の人々を殺害した金光瑶の罪を暴き、彼に報復することです。聶懐桑はその告発の代行者として魏無羨を選び、彼の魂に仮の肉体を与えることでこの世に呼び戻したのです。
 聶懐桑に導かれ、一連の事件の真相を追うなかで、魏無羨と藍忘機は義城へと辿り着きます。聶懐桑の報復の代行者たる魏無羨が義城を訪れ、まず話を聞くことになるのが薛洋です。(といっても、阿箐、宋嵐と出会う関係者たちがことごとく舌を切られているので、会話もままならないわけですが)
 ここで興味深いのが、薛洋の役割に変化が見られる点です。読者の目にも魏無羨の目にも、この時点ではまだ薛洋が暁星塵に行った仕打ちの数々が明らかにされていない状況で、薛洋は以下のように語ります。

魏无羡道:“所以你拿了这一堆小朋友做人质,究竟是想让我干什么?”
晓星尘笑道:“我想让前辈你帮一个忙。一点小忙。”
只见晓星尘拿出了一只锁灵囊,放在桌面上,道:“请。”
魏无羡将手放在那只锁灵囊面上,把脉一般地把了一阵子,道:“什么人的魂?碎成这样,浆糊都糊不起来,只剩下一口气了。”
晓星尘道:“如果这个人的魂那么容易就粘得起来,那么我求你帮忙做什么呢?”
魏无羡收回了手,道:“你要我修补这个魂魄?恕我直言,里面装的这点魂魄实在是太少了。而且这人生前应该受到极大的折磨,痛苦至极,很可能是自杀身亡,不想再回到这个世界上。如果一个魂魄自己没有求存欲,那么九成是救不回来的。(後略)”(「草木」)
【魏無羨は「それで、子供たちを人質にして、お前は俺に何をさせたい?」と尋ねた。
暁星塵(※注③:暁星塵を装う薛洋)は笑って「先輩に一つ頼みがある。実に些細なことだ」と言った。
(中略)暁星塵は一つの鎖霊嚢を取り出して机の上に置き「これを」と言った。
魏無羨は脈を測るように鎖霊嚢の表面に手を置き、しばらくして「誰の魂だ? こんなに砕けて、修復できるわけがないだろ。ただ一欠片残っているにすぎない」と言った。
暁星塵は「こいつの魂が簡単に修復できるなら、お前に頼むわけがないだろう?」と言った。
魏無羨は手を引いて言った。「お前はこの魂を俺に修復させたいのか? 率直に言って、この魂の量は少なすぎる。そしてこの人物は生前、非常に痛めつけられ、苦痛のあまり自ら命を絶ち、この世に戻ることを望んでいない。魂が望まなければ、救うことは不可能だ。(後略)」】

 暁星塵の死後、魏無羨と藍忘機が義城を訪れるまでの約七年もの間、薛洋は半欠けの陰虎符を利用し、暁星塵の霊識を修復しようとしていました。この描写によって読者に示されるのは、暁星塵(≒魏無羨)を待ち続け、何年もの間祈り続けた藍忘機と類似する役割なのです。
 先の章で述べたとおり、薛洋は暁星塵を陥れ、彼を死に至らしめた張本人です。しかし、その一方で自害した暁星塵を救おうとしていたことも、また事実に違いありません。よって薛洋は、一連の出来事の時系列的には「暁星塵を陥れる」役割を獲得しているにもかかわらず、この時点の読者の目には「暁星塵を救うもの」という異なる役割を担う人物として映るのです。
 しかし、すべての真相を知り、後者の役割を覆すことのできる人物が、義城にはすでに二人存在しています。そのうちの一人は言うまでもなく宋嵐ですが、彼はこの時舌を切られ、頭部に刺顱釘を埋め込まれ、薛洋によって操られているのです。藍思追が問霊を行うも、真相を明かすには至りません。
 そこで、魏無羨らを真相へと導く役割を担うのが阿箐です。以下、暁星塵の死後、義城から逃げ出した阿箐がとったある行動について、原作本文から引用します。

这个时候阿箐应该已经逃了一段时日。她走在一处陌生的城镇里,拿着竹竿,又在装瞎子,逢人便问:“请问这附近有没有什么大世家呀?”“请问这附近有没有什么厉害的高人呀?修仙的高人。”
魏无羡心道:“她这是在寻找可以帮晓星尘报仇的对象。”(「草木」)
【この時、阿箐は上手く逃げおおせたはずである。彼女は見知らぬ街を走り、竹の棒を握り、盲人のふりをして「この近くに大世家はありませんか?」「この近くにすぐれた方はいませんか? 仙門の修練をつまれた方はいませんか」と、すれ違う人々に尋ねた。
魏無羨は「彼女は暁星塵の仇を討つことに助力できる人物を捜している」と考えた。】

 暁星塵の死後、薛洋によって舌を切られ、両目を奪われた阿箐は、その後再び義城に戻り、身をひそめていました。なぜなら、阿箐は薛洋への報復を望んでいるからです。上記の引用にも明らかなように、阿箐の目的は〈暁星塵の仇を討つこと〉であり、「暁星塵を陥れる役割」を担う薛洋への報復なのです。

金凌微微愕然:“你要我们跟着一只鬼魂走?谁知道她会把我们带到哪里去!”
魏无羡道:“就是跟着她走。你们进来之后这个声音就一直跟着你们吧?你们往城里走,却被她一路在往城门外带,遇到了我们,她当时是在赶你们出去,是在救你们!”
那忽远忽近、诡异莫测的竹竿敲地声,是她用来恐吓入城活人的手段。(「草木」)
【金凌はわずかに驚いた様子で「私たちに幽霊を追いかけろっていうのか? どこへ連れていかれるかわからない!」と言った。
魏無羨は「彼女(※注④:阿箐)に従って行こう。あの音は、お前たちを追いかけてきたんだろ? お前たちが街に来たら、彼女は街の外に出て、俺たちは偶然出会えた。あの時、彼女はお前たちが街の外に出られるよう、助けてくれていたんだ!」と言った。
遠退いては近づいて、竹棒が地面を叩く奇妙で予測不可能な音は、彼女が街に侵入する人々を脅迫するための方法だったのである。】

 魏無羨と藍忘機、そして金凌ら仙門世家の子弟たちが義城を訪れると、阿箐はまず、彼らを義城から、つまり薛洋の手の内から逃がすべく手を回します。しかし、彼らが義城の異変を察知し、薛洋の罪を暴こうとする姿勢を見せると、阿箐は魏無羨を暁星塵の遺体の元へと導き、共情によって事の真相と薛洋の罪を告発します。
 つまり、阿箐は魏無羨を薛洋への報復の代行者として選んだのです。

她一个孤身流浪的小女孩,装装瞎子,别人以为她看不到,自然会放松警惕,但其实她都看得一清二楚,随机应变,倒也不失为一个聪明的自保法子。(「草木」)
【彼女は盲人を装う孤独な放浪の少女で、人々は彼女の目が見えないと思い自然に警戒を緩めたが、実際には彼女の両目ははっきりと物事を見ることができた。臨機応変で聡明な生き方である。】

 いくら報復を望めど、阿箐は身寄りもなく、仙門世家で修業を積んだわけでもなく、衣食住すらままならない無力な少女にすぎません。盲目を装うことで他者の警戒を緩め、同情を買い、その日をどうにか生き延びてきた放浪の少女です。彼女が報復を果たすには、彼女の力だけでは到底かなわず、彼女の意を汲み、代行者となる存在が必要不可欠です。
 そのような少女の前に、魏無羨が現れたのです。阿箐は魏無羨を代行者と定め、文字通り命がけの告発により、薛洋の所業を魏無羨の目に、そして読者の目に明らかにします。盲目を装い、薛洋の本質を暴いた阿箐は、その後およそ七年もの間、時が来るまで身をひそめ、ついに報復を成し遂げたのです。
 七年にも及ぶ阿箐の復讐劇、これもまた、作中のある人物の行いに既視感を感じる方は多いはずです。言うまでもなく阿箐の報復は、およそ十年もの間「一問三不知」と揶揄され、役立たずを装い、金光瑶への報復を成し遂げた聶懐桑の復讐劇と、非常に酷似しています。聶懐桑が魏無羨を代行者として金光瑶への報復を成し遂げたように、阿箐もまた、魏無羨を代行者として薛洋への報復を果たしたのです。

 そして、ここからは物語論のなかでも、特に「視点」の観点に依拠した言及になります。いわゆるメタな話ですので、苦手な方は次の引用部まで読み飛ばしてください。
 物語の中に溶け込んだ阿箐と聶懐桑は、間違いなく「魏無羨に報復を託すもの」としての役割を担い、その役割を最後まで果たしています。しかし、彼らにはそれだけでなく、もう一つ重要な役割があります。
 『魔道祖師』原作は魏無羨に焦点化した三人称小説であり、いわゆる「神の視点」「全知の語り手」を持つ三人称小説とは描写の範囲が異なります。『魔道祖師』で描かれるのは、基本的に視点人物「魏無羨」が知覚した事柄のみであり、彼の知らない情報が読者に提示されることはありません。
 主人公に焦点化した三人称小説というのは決して珍しくはないのですが、『魔道祖師』を同種の視点の方法を用いた他の小説と比較したとき、大きな欠陥があることは明白です。なぜなら、視点人物である魏無が物語の途中で一度死ぬことにより、その後十三年もの間、物語の中で「不在」となるからです。
 視点人物の知覚した事柄だけを描くという固定焦点化三人称小説の原則のなかで、視点人物が不在となれば、それだけの「空白」が読者の中にも生まれてしまいます。それでは主人公に焦点化した意味がないどころか、その空白に言及する必要があるとき、物語が破綻してしまいます。
 そこで『魔道祖師』が、視点人物不在の十三年間に配置したのが「視点の代替者」です。換言すると、魏無羨の死後から彼が世に戻るまでの間、彼が知覚しなければならなかった情報を代わりに見聞きし、それを伝えることで視点人物不在の空白を埋めるため、代理で焦点化される人物です。この「視点の代替者」としての役割を果たしているのが阿箐と聶懐桑なのです。
 彼らが魏無羨に解明を託した事件は、しかしそのほとんどが魏無羨の死後に起こった出来事でした。ゆえに彼らは、他の誰も知ることのない事件の証拠と真相を見聞きする必要があり、それを魏無羨に知覚させる過程をもって読者の前に提示するのです。
 聶懐桑は聶明玦の切断された遺体や雲夢の土地契約書、さらには思思といった証拠の数々を収集し、順序とタイミングを意図的に操り、魏無羨の目の前で暴いていきました。また阿箐は、義城の惨劇の全てを同時並行的に経験していたため、共情を利用して知覚の全てを魏無羨に共有しました。
 しかし、それは逆に考えると、阿箐や聶懐桑が知覚し得ない出来事はそれがたとえ事実であっても、魏無羨の目にも読者の目にも明らかにならないということになります。先にも述べましたが、薛洋は暁星塵を陥れ、死に至らしめた一方で、暁星塵の死後、彼を救うべく尽力していたこともまた事実です。暁星塵の死後約七年もの間、薛洋が彼の遺体の側を離れることなく義城に留まり続け、彼の魂の修復に一体どれほどの心血を注いだか。その時間の長さを見るだけでも、想像に難くはありません。
 しかし阿箐は暁星塵の死を見届けた後、薛洋の手にかかり盲目となるため、その先に起きた出来事を見ることも、魏無羨に伝えることもできません。視点の代替者である阿箐が知覚できない以上、魏無羨も、読者も、それを知ることは許されないのです。
 むしろ、阿箐が暁星塵の死後すぐに盲目となったのは、その後の薛洋の苦衷を誰にも見せないためだと言えるでしょう。著者がそれを描くべきではないと判断したため、阿箐は意図的に視点人物としての資格を剥奪されたのです。阿箐の視点代替者としての仕事ぶりは本当に完璧で、賞賛に値します。

 そして、薛洋に操られていた宋嵐もまた、魏無羨と温寧の助力により、正気を取り戻します。以下に引用するのは、正気を取り戻した宋嵐と魏無羨による会話です。

魏无羡点点头,又道:“今后你打算如何?”
宋岚写道:“负霜华,行世路。一同星尘,除魔歼邪。”
顿了顿,又写道:“待他醒来,说对不起,错不在你。”
这是他生前没能对晓星尘说出来的话。
(中略)
他还是那一身漆黑的道袍,孑然一身,背着两把剑,霜华和拂雪,带着两只魂,晓星尘和阿箐,走上了另一条道路。(「草木」)
【魏無羨はうなずき、「この先、どうするつもりだ?」と尋ねた。
宋嵐は「霜華を背負い、世を渡る。星塵と共に、魔を除き、邪を廃する」と綴った。
そしてしばらくして、また言葉を綴る。「彼が目を醒ますのを待ち、私が悪かったと、お前のせいではないと、伝えたい」
彼は生前、この言葉を暁星塵に伝えることがついぞできないままであった。
(中略)
天涯孤独の彼は漆黒の道衣を身に纏い、霜華と拂雪、二振りの剣を背負い、暁星塵と阿箐、二つの魂を持ち、別の道を歩きはじめた。】

 宋嵐は霜華と拂雪、そして暁星塵と阿箐、二人の霊識を集めた鎖霊嚢を持ち「世を渡る」と語ります。そして永遠にも等しい時間、彼は「暁星塵が目を醒ますのを待ち続ける」のです。
 ここでようやく、宋嵐は暁星塵(≒魏無羨)を待ち続け、祈りを捧げるという藍忘機と同義の役割を獲得するに至りました。原作では藍思追が、ドラマ『陳情令』では魏無羨が、それぞれ〈“‘明月清风晓星尘,傲雪凌霜宋子琛’……不知他们二位,还有没有再聚首之日。”〉【日本語訳:「『明月清風の暁星塵、傲雪凌霜の宋子琛』……彼らが再び出会う日は来るのだろうか」】と語ることからも、十三年もの時を経て再会できた魏無羨と藍忘機の終点と、暁星塵と宋嵐がこの後辿ることになる道程とが意図的に重ねられ、語られていることは明らかです。
 この一文を示してくれるところが著者・墨香銅臭氏の優しさであると感じる筆者は、藍忘機が祈りを捧げ続けた結果、十三年もの時を経て魏無羨がこの世に戻ることができたように、宋嵐が祈り続ければ、いつか彼は暁星塵と再会できるのではないかと考えています。